散歩をしていたら、あたり一面に落ち葉が積もっていた。ついこの前まであんなに鮮やかだった紅葉も、いまは地面を覆う茶色の層に変わっている。光に透けて輝いていた葉も、風に吹かれて乾いた音を立てるばかりだ。季節が確かに進んだのだと、足元の感触で知る。
ほんの少し、残念な気持ちになる。なんなら雨を吸ったのか歩きにくくてイラッとさえする。こんなことならあの美しいままでいてくれたらいいのに。ずっと紅葉していたら、どんなに嬉しいだろう。
けれど、もし紅葉が永遠に続いたら、きっと誰もそれを「美しい」とは思わなくなるのだろう。変わらないものは、やがて風景の一部になって、目に映らなくなる。ずっと輝き続けることは、同時に“死んでいる”のと同じなのかもしれない。
変わらないことは緩やかな死
変化は、痛みを伴う。散歩のたびに季節の終わりを感じて、少し寂しくなる。でも、その寂しさの裏には確かに「次」が待っている。冬の匂いがして、空気が澄んでいく。そしてまた春になれば、芽吹きの色に心を奪われるのだ。
変わらないことは、一見安心に見えて、実は緩やかな死だ。同じことを繰り返しているようでも、その中に小さな変化を見つけていかないと、生きる実感が薄れてしまう。
サービス運用も同じで、変わらない仕組みは少しずつ腐っていく。“安定”の裏で静かに老化していくのだ。痛みを伴ってでも更新し続けることが、信頼を維持する唯一の手段なのだろう。
そんなことを考えていたら、肌寒さに気づいた。気温は10℃。もう半袖短パンの季節ではないのかもしれない。紅葉が散り切って冬が来る前に、自分もまた季節に合わせて変わっていこう。まずは服を買うところから…。